著作権問題の最近のブログ記事

 twitter で知った@lilacさんのブログに触発された・・・というのはおこがましいのですが、ついこの間後輩診断士にちょっと熱く語ったこともあって、少し整理しみたいと思います。

 @lilacさんは電子書籍化は、これまでの「本」を4つの階層にモジュール化されると述べています。この考え方、非常に面白いですね。それが、1)コンテンツ(本の中身)、2)フォーマット、3)アプリケーション(リーダソフト)、4)デバイス。言われてみればその通りで、これに本屋が担っていたマーケットもしくはディストリビューションが入って5階層で完璧になります。
 で、@lilacさんは

「コンテンツプロバイダーが評価する堅牢性の高いフォーマットと、ユーザが評価するユーザビリティの高いアプリを有するのが、電子書籍業界を牛耳る鍵になる」
1) ボトルネックになるモジュールを押さえる
2) 全体のモジュール構造を支配するための統合ルール(Design Rule)を押さえる
の二つが、鍵になる」
と書いています。このあたりに関しては、どこも反対することはなくて、その通りだと思います。

 でも、それで電子書籍が広く一般大衆に受け入れられるのかと考えるとちょっと難しいんじゃないかとも思うんですね。それが4)のデバイス。日本にもようやくiPadが発売されるようですが、いかんせん一般の人には高いと言わざるを得ません。
 私はこのリーダーが書籍を読むだけの機能でいいから、1,000円前後で流通するようになって初めて電子書籍が行き渡るんじゃないかなと思うのです。コンテンツ代が500円でデバイスが1,000円。しめて1,500円で1冊の本が読めるのであれば、誰しもデバイスであるリーダーを買うのではないか。1万円もしたら、「高い」と言って買わない(買えない)人が大勢出るんじゃなかろうかと。
 別に高機能でなくてもいいんです。ネット上にあるコンテンツをダウンロードできて、それを表示するだけでいい。ゲームができる必要はないし、ましてやメールやブラウザなんて不必要。それらのソフトをインストールしてもしなくても、価格にはほとんど影響しないものではあります。でもそうだからと言って、それらのソフトをインストールすることが正しいとは限らない。もっと言うと邪魔なだけになります。
 今の携帯でもそうなんですが、機能がありすぎて操作がどんどん難しくなってしまいます。これでは使い勝手が悪すぎる。ボタンを2・3回押すだけでコンテンツをダウンロードでき、表紙をクリックすればページが開く。それだけで十分じゃないですか。

 ひょっとしたら、wifiでネットに接続させるのではなく、カートリッジを差し込むことで本が読めるようにしたほうが判りやすいかも知れません。任天堂のDSなんかが採用している用法ですよね。このカートリッジを数百円で流通できるようになれば、本屋さんも生き残ることができるんじゃなかとも思えてなりません。
 実際には、ネットからダウンロードするほうが便利なんですが、シンプルさから言うとカートリッジ方式なんじゃないでしょうか。実際には両方あったほうがいいとは思いますが。リーダーなどの電子機器に対するリテラシーが低い人が読むとか、教科書などはカートリッジ方式のほうが便利なのかも知れません。

 
 なんで電子書籍にこだわるのか、それは自分で本を出したいからという理由です。いろんな人に読んでもらえるような本を出したいのですが、企画が明確になってなくてずっとその思いだけなんですけどね。
 でもこの電子書籍の流れを見ていると、だれでも著者になれることがよく判ります。ePubなどのフォーマットに合わせたデータを作ればいいだけですから。でもこれを売るとなるとなかなか難しい。自分たちで勝手にDRM(Degital Rights Management)を管理できませんからね。
 でも本当に内容がいいのであれば、収入が発生するんじゃないかとも思います。中国、韓国などの著作権に対する考え方のレベルが低いところは別にして、いいものであればやはり正規版を入手したいと思うのが、正しい教育を受けた人なんじゃなかろうかと。
 ということは海賊版が出回っても、利益がでるビジネスモデルを考えればいいんだと。海賊版の存在をすべて否定して厳しい管理をするというのは、その昔MS-DOSの時代に流通していたソフトを考えればそれは間違いじゃないかと感じるんです。プロテクトを掛けて高い定価で売るよりは、プロテクトをはずして安価で販売したほうが、結局儲かるのではないかと。
 もう一つ、海賊版が出るということは、そのコンテンツはある一定以上のレベルにあるんだという証明でもあります。くだらない内容であれば、海賊版が出ることもありません。ということは、シェアウエア扱いのほうが判りやすいのかなとも思っています。

 
 だらだらと書きましたけど、今思うところはこんなもんだということで。

逆転無罪

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 winnyの裁判、高裁では無罪の判決が出ました。新聞各社がそのニュースを流しています。「winny裁判」でググって見るとニュース記事だけで132件ありました。

 この手の裁判(犯罪の幇助)はwinnyが最初ではありません。かつてFLMASKというソフトがありました。これは画像にモザイクを入れるソフトなのですが、可逆性があり、多くのわいせつ画像で使われかつ作者のwebページからその手の画像が掲載されているサイトへリンクが張ってありました。このリンクが公然わいせつの幇助に当たるという(私に言わせれば)難癖をつけられ、逮捕・起訴されて罰金刑が確定しました。この作者も控訴すればwinnyと同じ判断がされたかも知れません。

 地裁の判断って本当に摩訶不思議なものを感じることが多いです。高裁や最高裁まで行くと納得できることが多くなるんです。地裁の裁判官って本当に勉強しているんでしょうか。昨今のソフト・ネット関連技術は法律の2歩3歩も先を進んでいると言っても過言ではない状況です。そういう側面を考えると判断が難しいのも理解できないではない。でもソフト開発業界からするとそんな判決出されちゃ、ヘタをすると商売できないようになる可能性が出てきます。

 京都府警も今回の判決をよく考えてほしいですね。私に言わせれば、全くの白ではないにしろ、グレーかも知れませんが、どう考えたって「黒」ではないのですから。最初逮捕のニュースを聞いたとき信じられませんでした。

 ただ、無罪判決が出たからと言って、違法コピーが許されるというものではないということもきちんと理解しなくちゃいけません。どうも2chなどを眺めてみるとそのような論調の書き込みを若干見受けられますからね。

 CNETJapanに『プロがなぜ、二次創作を願うのか--Gacktが歌い、三浦建太郎が描く「がくっぽいど」』という記事を発見。これは先月の記事なので、話題としてはちょっと古いものになるのですが、プロの作家ということで読んでみました。

 「がくっぽいど」が生まれた経過はわかるんですが、表題にある「答え」はこの記事のどこにあるんでしょう???。私の読み方が悪いのでしょうか?。いろんな経緯があるにせよ、作家が二次創作について好意的であればいいんでしょうか?自由に使える範囲って結局クリプトンが以前から認めている範囲とまったく変わらないんですよねぇ・・・。

 私個人としては、三浦氏は正規の価格ではなくてもいいから対価を求めて欲しかったんですけどね。その上で使用許諾を認めるほうがよりプロらしく思えます。

 まあ、JASRACのような訳の分からない権利団体と交渉するよりも、権利者に直接アプローチしたほうが話が通じやすいというのと、音楽家より漫画家のほうが同人誌などの二次創作に対して理解があるというのが答えなんでしょうか???。音楽家と漫画家と対比するよりも、若い権利者とそうでない権利者としたほうがいいのかな?。とにかく、頭の固い人には判らないことなのかも知れません。

 で、誰か教えてくれないですかね!?、その答えは何かを。


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 今日のITMediaに『電子書籍端末売れず──ソニーと松下が事実上撤退』という記事がありました。そのリーダー部分には

松下とソニーが、専用端末を使った電子書籍から事実上撤退した。端末が高すぎたりコンテンツが少なすぎるといった問題が改善されないうちに、携帯電話向け電子書籍市場が成長。専用端末の“居場所”がなくなっていた。
とあります。

 私が想像するに、やはり端末の価格以上にコンテンツの少なさが一番問題だったんじゃないでしょうか。読みたいと思わせるコンテンツがないと、持っている必要がないですからねぇ。

 スタートレックの世界では、ソニーや松下が扱っている電子書籍端末よりも薄型の端末一つで、書籍からデータベース検索まですべてやれるようになっています。でもキャプテンピカードは、本をガラスケースの中に入れているんですね。やはり「本」というものに対する特別な感情があるんでしょう。

 私自身、携帯端末で本を読みたいとは思わないですね。それは本の体裁をそのまま端末の中で表現しようとすると無理があるからです。やはりA4の本はA4サイズで読みたいですから。そういう意味でレイアウトってものすごく大切なんですね。
 多分、携帯端末用にレイアウトされたコンテンツが増えればよかったのでしょうけど、日本の場合は流通が複雑ですからね。記事にも

E Inkのスタッフは、「取り次ぎが絡む複雑な流通体系もあり、日本の出版社などが電子書籍向けにコンテンツを開放しない」と話していた。
とありますし。

 日本の場合、専用端末のかわりにケータイが活用されています。両社とも携帯用コンテンツ販売にシフトしているようです。でも私みたいなおじさんから言わせると、携帯は見づらい!!!。やっぱりPCの大きなLCDディスプレイで見られるほうがいいです。
 今、携帯小説は以前のようなスタイルではなく、携帯の画面に合わせた文章量らしいですし、文法もかなりいい加減とも聞いています。それを聞くとなんだかなぁと思ってしまうのですが、逆に言えば携帯に特化したマーケットが存在するとも言えるわけです。
 日本の3G技術は世界一なんですから、ソフトさえ揃えば世界市場をねらえると思うのですが・・・、まあ難しいでしょうね。


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 ITMediaに『「権利者こそが消費者重視、JEITAは見習うべき」――補償金問題で権利者団体が会見』という記事を見つけました。えぇぇぇぇ~~~~~、閻魔様に舌を抜かれませんか?

 消費者を重視ってどこを重視しているんでしょう。教えて下さいよ。
 このあたりは池田先生のブログ例えばここなんか)に詳しく載っているので、わたしがぐだぐだ書くよりそっちを読んでもらったほうが早いです。

 コピーワンス、ダビング10・・・、消費者の立場を一体全体どういう風にかんがえているんでしょうか。呆れてものも言えない気分です。


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 日本では福山雅治がうたっている「桜坂」、中国語バージョンを発見しました。メロディーだけ同じで歌詞も題名もまったく異なります。スー・ヨウポンという男性が歌っていて、題は「你快不快乐」。桜には全く関係ないものです。

 こういう曲はたくさんあって、例えばキロロの「未来へ」という曲も中国で歌われています。が題は確か「ホウライ」(ごめんなさい、漢字がわかりません)だったと。オリジナルの歌い出しが「ほ~ら~♪」とありますが、その音だけを使っています。
 日本でも西条秀樹の「YMCA」が有名ですし、郷ひろみなどはありすぎてここに挙げるのが面倒なほどです。で日本の場合、曲紹介するときには原曲の名前を出すのが普通なんですが、中国の場合はどうなんでしょうねぇ。年に3回ほど中国には出掛けるのですが、残念なことに歌番組を見たことがないので、どのように紹介されているのか知りません。
 でも、なんとなくあたかも中国人が作ったように紹介されているんじゃないかと想像できます。著作権という概念がほとんどありませんからねぇ。もし詳しいことを知っている人いたら教えてほしいです。


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 ITMediaで『中国の動画サイト「Youku」日本で人気 ニコニコ動画並みの伸び』という記事を発見。でそこに書いてある「Youke」を早速見に行きました。

 いや~、さすがに中国。著作権を完璧に無視してます。動漫(アニメのことです)を見に行くと日本のアニメ番組がやたらあがっています。EVA=エヴァンゲンリオンTV放送全話、劇場版 the end of Evangelion もアップされていました。私はこの映画、戦自の戦闘シーンがトラウマになっているので、見たくないんですけどね。さすがに最新の映画はアップされてないようです。

Youkuは昨年末からユニークユーザーが急増。昨年11月は4万9000人だったのが、12月には21万7000人、今年1月には47万3000人、2月には65万3000人まで増えた。

 利用者は29歳以下の若年層が6割近くを占めている。「日本のアニメやドラマが数多くアップロードされているのがその要因」と同社は分析している。

 まあ、そうでしょうねぇ。日本ではまずダウンロードできないものがたくさんアップされているんですから。
 日本の若者がサイトを見に行くのも納得です。ある意味確信犯ですよね、ここのサイトを見に行く日本人は。

 ところで、こういうサイトにJASRACは文句を言っているんでしょうかねぇ・・・。まあ実際に文句を言っても何ともならないんですけどね。


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 先月だったか、痛いニュースに漫画家の島本和彦氏の発言が取り上げられていた(漫画家の島本和彦さん「YouTubeでエヴァを見たつもりになるな。日本はアニメや漫画を見る作法がなっていない」)のですが、今日ITMediaを眺めていたら、その元記事を発見しました。
 それが『作り手を“やる気”にさせる著作権とは――島本和彦氏など語る』というもの。痛いニュースを読んだときには「ふ~~ん」と流していたのですが、結構重要なことが書いてあります。

 著作権法というのは一体誰のためにあるものなのか?。第一義的には著作者にあるんだろうと。その次には利用者が来ると思います。つまり著作者の権利を十分守りながら、利用者は有効活用しなさいよというのが著作権法の理念ではないかなと思います。
 記事の中で大学の先生が言っていることは非常にわかりやすいですね。法政大学准教授の白田秀彰氏は

 著作権法は19世紀に、印刷物を想定してできた法律。その意図は、著作物の自由な利用を一定程度制限することで、著作者に経済的な利益をもたらし、著作へのインセンティブを高めてより豊かな創造につなげよう――というものだ。だが、著作物が多様化し、ネットによって流通コストが劇的に下がった今、利用制限による不自由さが際立ってきた。

 著作権保護期間延長問題や、無許諾複製物のダウンロード違法化問題など著作権法にまつわる問題がクローズアップされる中、いわゆる「権利者側」と、一般ユーザーが対立するケースも増えている。この対立は「旧来の流通システムと、インターネットという安価な流通システムの戦い」(白田さん)であり、汗をかいて創造しているクリエイターは蚊帳の外だ。

 「著作権法にはクリエイターを守る規定がほとんどない。それに手を付けずに権利を主張するのは、旧来のメディア企業が利益を守ろうとイチャモンをつけているようにしか見えない」

とおっしゃってますし、東京大学大学院教授の玉井克哉氏は
「今の著作権法は、自分は何もクリエイトせずに流通を支配しているだけの人に巨額のお金が渡る。その代表が放送局。クリエイターがちゃんとお金をもらえる仕組みを作るべき」
と述べています。
 両市が言っていることは十分理解できます。ではどのような仕組みがいいんだろうかというと、この記事で出てくることはどうもしっくりきません。『現実に即して仕組みを変えるべき』というのは間違いない。でもそこからの具体論に入るとなんだかよくわからない話になってしまいますね。

 アメリカのやり方が一番なんて全然思わないのですが、「フェアユース」という考え方というのは重要なんじゃないでしょうか。wikiで「フェアユース」を調べてみると『著作権者に無断で著作物を利用していても、その利用がフェアユースに該当するものであれば、その利用行為は著作権の侵害を構成しない』とあります。
 フェアユースですべて解決するものではありませんし、たくさん訴訟されていることも事実です。でも最低限の守るべきラインをこの考え方で規定することは、かなり意味があるんじゃないかと思います。今日本で検索サービスを行おうとすると著作権法に引っ掛かるのですが、フェアユースをきちんと著作権法に入れることで引っ掛からなくなりますから。

 でも一番ガンなのが中村伊知哉・慶応大学大学院教授が言われている

著作権法に関する議論ではさまざまなアイデアが出てくるが、それが実際に法律になるまでは、審議会の答申を得て関係省庁を説得して自民・民主党のOKをもらって省庁を説得して――と、超えなくてはならないステップが10ステップぐらいある。いったいどうすれば実現できるのか
というところでしょうね。スピードが大切なのに、こういうステップを踏むことで何年もかかってしまうのは、コストの無駄以外なにものでもない。企業がこんなことをやっていたら、つぶれてしまいます。
 一番のガンが政治というのは、日本の政治を象徴していますね。


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 先日から、ブログの右側にクリエイティブコモンズのアイコンが入りました。

 クリエイティブコモンズ、以前にも取り上げたことがあるのですが、詳しいことはサイトを見て下さい。まあ、私が書いた文章にどれほどの価値があるかはわかりませんが、商業利用以外はどのようにつかってもいいですよということを意思表示しました。

 このマーク、池田信夫さんのblogにあったものですから、私も真似してみました。池田先生のブログ、勉強になります。全面的・・・とはいきませんが、かなり納得できるブログです。

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