英語よりも日本語のほうが大事なんじゃ・・・

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 今日パートさんと大学での講義の話から、最近の学生が書くレポートの品質が相当落ちてきているという話題になって、そこから言葉の教育にまで持論を展開することに。

 自分のことを振り返ってみて、学生時代の文章がうまかったとは思いませんが、それでも毎週の実験レポートがあったものですから、最低限の書き方は勉強したつもりです。で今の学生はというと、はっきり言って読めないんです。努力してでも読もうとする気力が失せる文章が多いんです。
 ただ、これは彼らの努力不足だけでなく、小中高での教育にも問題があると思います。聞くところによると、最近の学校では長文を書かせることが少ないらしい。だったら書けるわけがない。書く術をしらないんですから。

 その端的なものがいわゆるケータイ小説です。私はあれは小説とは思ってません。何回かチャレンジしてみたのですが、どうしても理解出来ないんです。感性が違うと言われればそうなんでしょうけど。これは正しい書法を勉強していない、身についていないからじゃないかと思ってます。
 極端な考えだとは思いますが、マークシートで結果としての答えを見つけるだけの勉強をしているからだと。口頭でも説明ができないんですから、如何ともしがたい。

 と常々思っていたのですが、新聞では大学入試にTOEFLを取り入れるとか入れないとかという記事がありました。まあTOEICよりはねぇ、TOEFLのほうがましだとは思いますが、どうなんでしょうか・・。
 先ずは自分の意見、考えを日本語で正しく伝えられることのほうが先なんじゃないかと思うのですよ。もう少し極論を言うと、会話よりも読み書きのほうが重要なんじゃないでしょうか。インターネットで世界の情報が飛び交っているのですが、その大半が英語で書かれています。その書かれている内容が分からないから、有益な情報とも思えずに知らないまま過ごしていく。これが一番問題だと思うんですよね。
 私もそれほど英語が上手というものではありませんが、多少は読めますし、特にコンピュータ関連はどうしても英語の文章を読まないと解決できないことがままあります。もっと突っ込んで聞きたいときには、英語で質問することになります。別に無理して会話を重要視することもないんじゃないかと。

 英文を理解するときには、やはり母国語である日本語がきちんと出来なければ、理解出来ないと思っています。もっと言うと日本語を使って自分の思考をきちんと表現できなければ、英文の内容が掴めないはずだと思うのです。

 だからといって会話を無視するということではありませんし、会話の重要性も理解しています。でも多少発音がおかしくてもなんとかなります。外国人がつたない日本語を使っても最低限の意味は通じるんですから。耳を慣らすのであれば、海外に行って日本語が通じないところで過ごすほうがよほど勉強になります。

 とまあ、ちょっと持論をむりやり展開して後で反省したところもあるのですが、これはここ数日補助金の申請書を書いていたからなのかも知れません。
 ものづくり補助金、結構間口が広いとの噂が飛んでいますからね。なんとか昨日・今日で2社の申請書がそれなりのものになったと思っています。この手の申請書は審査員が理解出来る文章になっていないと採択されません。まずは日本人に通じる日本語が書けるようにするのが先だと思うのですが・・・、どうなんでしょうか。

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