2009年12月アーカイブ

 昨日、遊び呆けてしまいまして、今日ようやく正月準備に取り掛かりました。といっても掃除しただけなんですけどね。大掃除ではありませんね、小掃除です。

 今年は終わってみれば努力不足の年でした。6月に支部の部長職を拝命し、試験関連の仕事が目白押しだったのですが、初めてのことが多くそれにかなり時間を取られましたし、予想していた仕事がなくなってしまいました。

 来年はもっと頑張れという神様からの叱咤激励なのかも知れません。

 それでは、よいお年を。

仕事納め?

| コメント(0) | トラックバック(0)  

 29日になり、本当に年末になりました。
 今日は銀行に出掛けて、甥っ子姪っ子たちのお年玉を確保してきました。毎年思うのですが、取られっぱなしは厳しいですね。昨日(と言っても朝の4時頃ですから今日と言ってもいいんですが)、印刷して郵便局に持っていきました。

 でも、まだ積み残した仕事があるんですよねぇ・・・。遅くとも仕事始めまでにやらなきゃならないものが3つほどあります。明日は大掃除しなくちゃいけないしなぁ。まあ、とにかく頑張るだけですね。

今日のお仕事

| コメント(0) | トラックバック(0)  

 あっという間に「もう~いくつ寝るとお正月~」になってしまいました。で最後のお仕事が下の写真です。
Image062.jpg
 もう何も申しますまい。

 昨日は口述試験がありまして、初めての経験だったのですがなんとかノートラブル(?)で終了しました。結果は来年の発表までみなさん心を落ち着けてお待ち下さい。一応国家試験ですから、秘酒義務が多いもんですからね、下手なこと書けません。ちょっとだけ感想を書くと「まあ世の中常識的な人がほとんどなんだけど、ほんの一握りはちょっと常識はずれかな」というところです。

 常識はずれではないですが、私この「社会起業家」という言葉まったく知りませんでした。たまたま「アゴラ」に『社会起業家の誤った認識』というエントリーを見つけた知った言葉です。社会起業家の説明については日経Associeの『「社会起業家」と呼ばれるための条件』に比較的分かりやすく解説してあります。でも、この記事読んでもあまりよく判らない。ここには「利益を再び社会を変えるための活動に使われる事業に特化した事業」が社会事業で、そういう事業を起業する人が社会起業家と呼ばれる・・・のような。
 となると日本の場合はNPO法人を立ち上げた人=社会起業家みたいな認識がされるようですね。でも日本のNPO法人の場合、内閣府が設立の要件を定めていて、その中に「営利を目的にしないものであること」とありますので、どうしてもNPO法人=ボランティアと思われてしまいます。そこに「起業」という言葉とうまく噛み合わないイメージがあるのかなと思います。

 アゴラの記事に対してホリエモンこと堀江貴文氏がブログ(社会起業家とか眠たいこと言ってんじゃねーよとか私は思うけど。)で反論しています。私もそこに書いてあることのほうが、アゴラの松本氏の記事より納得できます。ことさら「社会起業家」と敢えて言うことに違和感を感じてしまうんですね。それを堀江氏は


と明快に言い切っています。これに共感を覚えるのは私がアラサー(アラウンド30)から遠く離れたアラフィフ(アラウンド50)からなんでしょうかね!?。

 大西さんのブログ「大西 宏のマーケティング・エッセンス」で『ネットカフェで過ごすなら、マンションを借りることができる?』という記事を見つけました。
 ここでは藤沢数希さんのブログ「金融日記」の『「改革」はどこへ行った?―民主党政権にチャンスはあるか― 竹中平蔵』から引用されていて、竹中平蔵氏のことを書いています。

 でもなんか揚げ足取りじゃないですかねぇ、これって。金融日記で取り上げているマスコミと同じ臭いがしてしまいます。確かにマンションやアパートに入るには敷金・礼金が必要ですから、1日5千円で20日働いて10万という収入から見るとそんなものは支払えないということは明白なんですけどね。
 竹中氏が出した本を読んでいないので、間違っているかも知れませんが、そういうことを言いたいんじゃないかと思うんですが。藤沢氏のブログを読む限り、今のマスコミ報道に対して憤っている例としてあげているように思います。

 厳しい言い方になりますが、そういう生活を選んだのは本人の意思です。本気で今の生活を変えようと思うのなら、いろんな方法があるはずです。それを選ばずにネットカフェに寝泊まりするというのは、今の生活を肯定している若しくは甘んじているんだと思います。

 話を元に戻すと、物事にはいろいろな側面があるにも拘わらず、センセーショナルな一面しか報道しないマスコミに問題があり、またそれを鵜呑みにして「かわいそうだ」とか「政府はいかん」とかマスコミの誘導に引っ掛かっちゃう人たちが多いことが問題なんです。

 いまの貧困問題は確かにいろんな要素が複雑に入り交じっています。簡単に解決できるものではないことも理解しています。がどうもマスコミで取り上げられる話は、放漫経営をやって会社を潰した経営者がその理由を他人に押しつけているのと同じような気がしてなりません。なにをやっても最終的には自己責任の部分があるはずです。
 今の世の中、そういうことを自覚している人がどんどん減ってきているんでしょうね。

 Livedoorニュースに『年齢階層別の乗用車普及率をグラフ化してみる』という記事を見つけました。オリジナルは「garbagenews.com」というサイト(ここ、サイト名は .com なのにURLは .net なんですよね、不思議だ)の記事です。

 統計というのは不思議なもので、その数字をどのように解釈するかで見解が変わってきます。とはいえ、結論部分にある

私はだから、社会起業家って能力足りないから基本的な社会貢献の部分しかできず、利益も出せません、だから株主も納得させられません、悪しからずって事なんじゃないかなっていう見方をしてる。それゆえに「社会貢献」の部分をアピールしすぎるくらいしているんじゃないかと。
そういう意味でちゃんとした起業家が割を食うのはなんだかなあと思うのだ。
2007年夏のいわゆる「サブプライムローンショック」以降の景気後退・不景気において、国内で自動車が売れなくなったことに関し、「若年層が乗用車を買わなくなったからだ」との意見が声高に上がったことを記憶している人は多いだろう。まるで「自動車が売れないのは若者が車を買わないからだ。だから日本の景気も悪くなったんだ」と、景気が悪いのは若者が悪いといわんばかりの主張・報道に、疑問符を頭に浮かべた人、憤りを感じた人もいたことと思われる。

確かに今回の普及率データを見ると、多少は若年層の乗用車購買意欲が低下しているようにも見える。しかし同時に「中古車購入による普及率」はむしろ増加しているところを確認するに、「厳しいふところ事情」や「高いお金を出して新車を買うほど、乗用車に価値を見いだせなくなった」若年層の姿が見え隠れしている。

「モノが売れないのは客のせいだ」と責任を転嫁するのも一つの方策ではある。が、それで問題解決が出来るのなら苦労はしない。「なぜ乗用車が売れないのか」ではなく「なぜ乗用車が買われないのか・(お客は)買わないのか」を真剣に考えるべきではないだろうか。

についてはまあそうかもなとも思います。

 車に価値を見出せなくなった理由はなんでしょうね。私はこれってある種の「逃げ」ではないかとも感じています。「逃げ」という表現が不穏当なら、「無理をしない」という言い方になるのかも知れません。
 いい意味で、若い人たちはちょっと無謀かなとも思えることにチャレンジするものだと思っていましたが、もうそういう時代ではないのかも知れません。まあ私自身無謀なチャレンジをしたかと問われると、自分ではしたつもりはないんですけどね。端から見て無謀に見えていたのかも知れませんが。この無謀なことというのは「後先考えずにやること」です。結果として後悔してもいいじゃないですかねぇ。

 こういうこと書くようになったということは、私も年齢相応の思考になってきたのかも知れません。気持ちはまだ若いつもりなんですが。

 ブログ、他人のブログを読むのは簡単なんですが、自分のを書くのがかなり難しくなってきてます。いや~、ちょっと反省ですね。

 昨日、朝から刈谷に出向き、その足で豊川に行って事務所に戻ってきました。事務所から帰る時駐車場から前の道路に出る際、どうもおかしい感じがします。ハンドルが取られることはないんですが、いつもの振動ではないんですね。
 途中のコンビニに寄ったとき、車を見てみると・・・、なんと右後ろのタイヤがパンクしていました。自宅の駐車場に車を入れ、一旦着替えてからタイヤの交換作業です。なんと、今日は朝から西尾に行かなくてはいけなかったものですから、夜中の2時の作業です。

 今日、西尾からの帰りにタイヤショップに立ち寄り、新しいタイヤを買ってきました。パンクしていたタイヤですが、ねじ釘が刺さっていました。多分これがパンクの犯人です。1本だけ交換かと思っていたのですが、ショップの店員さんに、「あのぉ、右前のタイヤもへたってるんですがぁ・・・、交換しますか?」と言われてしまいました。仕方がないということで2本交換です。

 年末に入って何かの物いりの季節に急な出費、大変痛かったです。

 印刷屋さんから連絡もらいまして、さっき取りに行ってきました。

 今年は旅行があまりなくて、素材に困ってしまいました。来年は撮影旅行を考えないといけませんね。思うのは簡単なんですが、一人でいくのもなんだなと。自分だけだと本当に腰が重たくなるんですよ。誰か一緒にとなると結構フットワーク軽いんですけどね。

 このカレンダーが出来たと言うことは本当に慌ただしい年末がやってきたということです。さて、もう一頑張りしないといけませんね。

 とあるブログを読んだところ、なんか表題と本文が繋がらないと思ったのが、このモラルハザードという言葉。

 モラルハザードっていつの間に「倫理の崩壊」という意味に使われるようになったんでしょうか?。新聞記者がそういう意味で使っていますからねぇ。
 wikipedia では「「モラル・ハザード」は本来は保険業界で使われていた用語で、保険によって保険事故が補償されることが、被保険者のリスク回避行動を阻害するという現象を指す。」とありますし、私はそっちが正解だと思っていました。が今 goo の辞書で調べてみたら、「道徳的危険。たとえば、自宅に放火するなど保険金詐欺の発生する危険性をいう。また、金融機関や預金者が節度を失った利益追求に走ることをいう。倫理の欠如。」とります。この当たりについてはわかりやすく解説してある頁があったのでそこを見てもらえればと思います(『片仮名語の悲惨 モラル・ハザードと職業倫理の欠如』)。

 なんでこんなことを書こうと思ったのは産経新聞で『「障害者」→「障がい者」→「友愛者?」 新表記を大阪・吹田市が導入方針 言葉狩りの批判も』という記事から『【新国語断想】塩原経央 子ども、障がい者 漢字が悪いわけじゃない』という記事を見つけたから。その関連で国立国語研究所の『提案した語の一覧(第1回~第4回総集編)』というページまで飛んでしまいました。でも国立国語研究所にある「モラルハザード」は「倫理崩壊」なんですよね。

 情報系の診断士ということで、どうしても専門用語を多用してしまうので、なるべく平易な言葉、一般の人に判りやすい言葉を使おうと意識していたものだから、最初のブログで大きく躓いたような気がしちゃいまして。

 あっ、阿比留氏のブログに書いてあることについては「その通り」と思っていますよ。

2012年1月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

アーカイブ

お気に入りリンク

OpenID対応しています OpenIDについて

人気ブログランキング

最近のコメント

最近のトラックバック

Techonrati

Technorati search

» リンクしているブログ