産経新聞(IZA)に『日本の大学は多すぎる? 増える「ナゾの学部」』という記事を見つけました。その書き出しが
| 「最高学府」であるべき大学が危機に直面している。現在、国公私立の4年制大学は全国で約760校。希望すれば誰でも大学に入学できるという「大学全入時代」にもかかわらず、約半分の私立大が定員割れを起こしており、飽和状態に陥っている。学生数を確保しようと焦るあまり、各大学が"一芸入試"レベルのAO入試を導入したり、ユニーク学部を相継いで新設したりした結果、一定の学力レベルさえない学生も「大学生」になってしまった。「算数レベルの学力さえない...」「まともな日本語すら書けない...」。そんな大学の叫びが聞こえてくる一方、ずさんな学部・学科を増やし続けた揚げ句、大学自体の質さえ保てない状況だ。一体、大学はどうなってしまうのか。 |
とあります。
でも大学ばかり責められるとちょっと反論したくなります。私の感覚では毎年学生の質が落ちている気がしてなりません。「算数レベルの学力さえない」「まともな日本語すら書けない」というのは大学のせいではないはずです。これはそれまでの教育に問題ありとしか言いようがない。
一般的には「ゆとり教育」が悪者にされています。私も悪者だと思っていますけど、それだけじゃないとも思います。今の学生から言われるのが「先生、答えはなんですか?」です。なんでそういうことを聞くのか。それは高校までの教育で「答えは1つ」しかないと思いこんでいるからです。また答えを見いだすプロセスを無視した教育をしているからじゃないでしょうか。
大学入試を頂点とする入試問題は正解は1つしかありません。また、詳しく教えているヒマがないから、解法のみを教えてそのプロセスを教えない。そんな教育をされていたんじゃねぇ。
私が出すレポートの課題、答えが1つではありません。これはわざとそうしています。与件をわざと少なくして、考えるプロセスを認識してもらいたいからです。だから第1回目の授業の時にそのことを説明します。
大学で教え始めたころは、そんなこと当たり前だと思っていたもんですから、学生から提出されたレポートを読んで愕然としました。最初はうちの大学に入ってくる生徒のレベルが低いのかと思ったのですが、いえいえ他の大学の先生からも同じようなことを聞きました。また近くの高専では数学の補習をせざるを得ない状況にあるとも伺っています。
なんでそんな状況になってしまったのか!?。高校まででそういうことを教えていない、経験していないからだと思います。これは学校だけの問題ではなくて、親や地域の問題でもあります。
マスコミは批判する相手を絞り込むことがよくあります。この記事だって、大学が一方的に悪いような書き方です。全く悪くないとは言いません。でも世の中の出来事って、いろんな要因が複雑にからんでいるのも事実。そういう側面も書いて欲しいと思うのは贅沢ですか?

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